調査士ぐっさんの事件簿

土地家屋調査士ってなんだ?そんな(どんな?)登記測量事務所を営むぐっさんの独り言ブログです。

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仕事の合間にドコモショップに行きました。値下がりを始めたというFOMAの70シリーズの価格を教えてもらう為でした。参考までにと最新の90シリーズも教えてもらい、ちなみにってんで、先日発表の新機種の発売予定日は?と尋ねれば、一番早いSHで3日後に予定されており、不具合がなければ順次10日くらいの間に出揃うとのことでした。

むむむ・・・もう少し待つとするかな。価格はきっと驚きでしょうがね~ヽ(´o`;)ノ
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太鼓のバチを手に入れようとした時、太鼓屋さんやコンサート会場などで購入されることが多いでしょう。使用頻度の高い太鼓団体では、製材所など木工関係の方に直接頼まれることもあると聞きます。

どうしても品質の均一化は、材料が生き物なだけに工業製品の様にはいかないと私は思っています。しかし、販路に乗っかるバチは概ね品質が安定しているとも思っています。だから、値段は高めかも?

たかが木を削った棒切れなのですが、バチを安定供給する職人さんにはそれなりのノウハウが蓄積されていると考えられます。また、我々打ち手もそれなりのノウハウがあります。少なくとも私には・・・

“販路に乗っかっていないバチ”を自分好みにする。これまで太鼓に関わる中で、そんな部分も楽しんでいた私なのでした。でも、最近は使用するバチも安定しちゃって、ちょっと淋しいかな。(´ヘ`;)
津軽三味線と太鼓の情報誌「バチ2」継続の案内が来た。正直、もういいかな~って思い始めています。自分の中では、応援費のような意味合いが強かったし、最近は最新号が届いてもパラパラ読みをするだけで、目を引くものが無い。
発売まもないが早速試乗を終えた私。

一番の注目は低床化によるハンドリング等運動性能だが、ミニバンであることを全く感じさせない。これは噂通りライバルを大きくリード。

フローリング風の床張りに関しては、正直がっかり。いや、普通のカーペット張りを触って床の細かな凹凸が気になっていたので、それを気にならなくする為のオプションと思えば絶対にチョイスしたい。でも、ゴワゴワしてますよ。

低床化の成功で手に入れた運動性能と引き換えに、車本来の内側の作りを丁寧に処理することを犠牲にしたと思われる。

さらに、メーカーオプションのナビを選択すればMDを諦めろというのはオデッセーと同じ。ならばと、ディーラーオプションのMD付きナビを選べば、運転席側のパワースライドドアを諦めることになる。

何とも抱き合わせのオプション設定にも頭を悩ませる。

何と知らなかったのですが、エリシオンにだけはメーカーオプションのナビとMDデッキを合わせて付けられるそうです。

ステップワゴンを買う勢いだった私は、エリシオンのカタログをもらって帰って来ましたとさ。めでたしめでたし?(^^ゞ
その半分以上を今の仲間と過ごして来た私。一般的に十年が一つの節目と考えられそうですが、私は五年一区切りで何か目標を無意識に定めているのかも知れないです。

今までとこれからと同じ組織の中で成長するには、自分に厳しく常に目標を設定し、現状に何となく満足しないことが重要かと思いますね。

他所の釜の飯を食うこともカンフル剤になるでしょうが、住み慣れた安定した組織を自ら離れる必要は無いかと。だから、住み慣れた場所で自分を追い込む厳しさが求められるのです。
三丁締め+尺六桶胴+尺六長胴のセット二組と、三丁締め+尺六長胴+尺八桶胴のセット二組と、三丁締め+尺六長胴二基を二組で、我々の所持品全部で六重奏が可能ですが、実際は同じ様な形で六人居ても面白く無いでしょうね。しかし、練習では常にそれだけの人数が組太鼓に取り組めるんですよね。

私は日頃から趣味の太鼓に関して、自分の欠点克服の練習メニューをあれこれ考えるのが好きなのです。それが、効果的なのかどうかは解りませんが、曲ありきでなく太鼓と戯れることから何かを掴むことが大切だと個人的には思っています。

最近は、ここに書き出す独り言も何人かのメンバーが見てれば、少しばかりほんの少しでも何かを参考にしてもらえれば嬉しいかなって。( ̄▽ ̄;)
タ イ ト ル : 少年よ
アーティスト : 布施明
作詞者名 : 藤林聖子
作曲者名 : 佐藤俊彦

まるで透明に なったみたい
ぜんぶ 自分をすり抜けていく
そんなふうに 感じていたのかい?
少年よ旅立つのなら
晴れた日に胸を張って・・・

Hit the beat!
Keep your beat!

心が震える場所 探して

Hit the beat!
Keep your beat!

誰にも出来ないこと 見つけ出せ
それが君の HIBIKI

ナゼか 空っぽになったみたい
ぜんぶ 無意味に思えてしまう
そんなふうに 世界が見えたかい?
少年よ旅に出たなら
雨も降る、顔を上げて

Hit the beat!
Keep your beat!

心が響いた鼓動 信じて

Hit the beat!
Keep your beat!

誰でもない自分の 生き方で
それが君のHIBIKI

歩き疲れた道の途中で 思い出すもの
夢に見るもの・・・

Hit the beat!
Keep your beat!

心が震える場所 探して

Hit the beat!
Keep your beat!

誰にも出来ないこと 見つけ出せ

Hit the beat!
Keep your beat!

心が響いた鼓動 信じて

Hit the beat!
Keep your beat!

誰でもない自分の 生き方で 
それが君のHIBIKI

hibiki.jpg
たまたま、リーダーの気持ちをこれまで自然に察していたのか、私が予想し理想と掲げた“少数編成”が主流になりつつあります。これまで主流だった十数名編成とは差別化した表現の構築は急務です。いよいよ私達も第二のステージに歩を進めたと感じています。

それはそうと、練習前の基礎打ちで先輩から適切なアドバイスを頂戴しました。しかし、その癖というか改善?改悪?したポイントは自分でも良く解っていたので、時と場合に応じて使い分けられる器用さも必要そうです。少々マニアックネタにお付き合い頂きましょう。

おおよそ一年前に締め太鼓で気付いていたのですが、その当時、私は太く長めのバチを好んでいたこともあり、意外と人より手首が柔軟でそのことに頼る奏法になっていたと反省していたのです。以来、手首の柔軟性に頼らず手首から肘にかけての腕の使い方の工夫に取り組んでいたのです。まさに、そこだったのです“落とし穴”は。苦労して抜き去った癖だけに、解っていても容易に戻せないジレンマ・・・

手数が多く長時間の打ち込みの場面では、前者の方がベターなのかと感じました。勿論、筋力を伴えば後者の奏法でも通用するのでしょうが、前者の方が万人向けと言えそうです。
「稽古とは一から始めて十を知り、十より帰る元のその一」千利休の言葉だそうです。偶然他所で見つけたこの言葉が、私の胸にもタイムリーに突き抜けていきました。
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「日々雑感」から拝読して頂いてた方は、記憶の片隅に残ってると思いますが、漸く、現実見を帯びて来ました!(^O^)v
今年度から子供クラスの一つの指導担任に就任し、何回かの練習が経過しました。地域色の濃い私達は守るべきスタイルもそれなりに理解してますから、昨今の流行りからは少しばかりズレると思います。

純真な子供達だからこそ古い型に縛らず、私なりに突拍子もない色に染めたくもなります。既存の保守か創意創造か…ダメ元でいろいろ挑戦するのも良いのでしょうか?

一年間の責任者は私なのですから…
「疾風」「疾風○○」「はやて」「しっぷう」「はやて・・・」「しっぷう・・・」この言葉は、いろんな方がグループ名や曲名などで使われていますが、今回の話題は「和太鼓松村組」の曲の話です。ご存知木村くん作詞の歌詞が大好きな私は、今から六年ほど前に、当時「和太鼓松村組って何?」と誰一人知らないであろう片田舎の小さなイベントで、名曲「疾風」を私なりのアレンジで独奏したことがあるのです。

最近の「疾風」は、松村組長の大太鼓と木村くんの桶セットの二者の掛け合いにアレンジされていますが、私が好きだったのは(当然、秀くん在籍当時ではありますが)、桶セットが二対あるパターンの形ですね~(*⌒▽⌒*)
今うちのグループで所有する英哲型桶胴太鼓には、箍の緩みがあります。先日練習時に気がついたのですが、二本箍のうち一本の緩みで始まったものが既に二本目も緩み始めています。四基同時購入の一基のみの症状に少しばかり残念な気持ちも隠せません。しかし、使用頻度などを考えれば、ある程度仕方の無いことでしょうけど・・・

使う側の心掛けとしては、長胴太鼓を打ち込む感覚で桶胴太鼓は絶対に使うべきでは無いと考えます(箍の緩みに関係なく)から、丁寧なストロークが求められるかな?上手く言えませんが、これまでの経験と桶胴そのものの構造上からも、径の小さな桶胴太鼓を伏せて使う場合は、打面附近の数センチの振りのスピードや力の抜き加減が肝ですな~。
これまでにも様々な形で広がりを見せた“和太鼓”ですが、この先は一体どんな展開が期待出来るのでしょうか?

私達にしてみれば、変わらず既存のスタイルを踏襲するのでしょうが、私自身に言い聞かせる気持ちが大きい言葉ですけど、「過去の栄光に浸ってちゃダメ!」

今、外に目を向ければ皆自分達のスタイルを真剣に具現化しています。既製概念では計れない挑戦は気持ち良く自然に応援したくなります。

果たして、今後新しくドキドキワクワクする様な道筋が私の前に現れるのでしょうか?勿論、どんな些細なチャンスも逃すつもりはありませんけど。

私の個人的なバロメーターの様な課題ですが、たった独りで自分達の存在を知らない人達の中で、自分の関わって来た太鼓サウンドを奏でる力量のある人は…

恐らく…ほんの数人しか思い浮かびません。私ですか?バカ言っちゃいけね~な~度胸だけは人一倍ありまんがなあ!技術は乏しいけど。(^^ゞ

「フィット」という車のテレビコマーシャルに、テニス界のシンデレラ?マリア・シャラポワが出演してますが、何とバックに「鼓童」のサウンドが使われているのでした。まあ~ほんのチョビットなんだけどね。(-。-;)
長胴太鼓も長く使っていると皮もくたびれるし、鼓面の張りも無くなるので鳴りの悪い太鼓になってしまいます。練習中から神経質に鳴らない太鼓を避け、出来るだけ鳴る太鼓を確保したがる人が時々います。私はいつも何でも良い考えです。

勿論、演奏をリードするパートに使うならなるべくコンディションの良い太鼓を配置させるでしょうが、絶対に誰かは鳴らない太鼓も使わなければいけません。ましてや、練習でさえ鳴らない太鼓を敬遠してちゃ本番でどうするの?と思うのです。

前にもこんなことがありました。ある曲で私と対になるパートがありまして、練習中はいつも鳴る太鼓を先輩に譲っていたのですが、本番では何らかの事情で太鼓が入れ替わってしまったのです。先輩は調子が出なかったと悔やんでましたっけ。

いつも調子の良い太鼓が自分に廻ってくるとは限りません。鳴らない太鼓を鳴るよう工夫することも練習の一つだと思うのですがいかがでしょうか?
そんな訳で(どんな訳?)太鼓の話題に振ってみましょう。(^^ゞ

創作太鼓の組太鼓の演奏形態は、大部分が伏せ打ちだと思います。それは、関わるところで若干の差はあれども、概ねニュートラルな動きは私の中で明確化されてきました。仮に、グループ色(あるいは個人の色)を出そうと思っても、伏せ打ちスタイルでは、その差別化には難しさがあると思っています。

美意識の統一と振りの導入も良くあるスタイルですが、そんな手法を講じない場合に、私自身は個性を出すことに積極的ではありませんので、比較的基本らしきものに忠実な動きだと思っています。そこで、ダイナミクスを追求するあまり個人個人が好き勝手なことを遣り過ぎちゃうとどうなるでしょう・・・本末転倒で逆効果になることも考えられませんか?

話を少し逸らせますが、私の好きな「打族」という創作グループには、地域に根付いた加賀太鼓のエッセンスが大切に取り入れられています。それは、斜め打ちの姿の中に強く感じることが出来ます。ダイナミクスな動きに関しても振りの統一感にしても、伏せ打ちの比ではありません。

私達の持ち曲の中に、彼らの様な斜め打ちあるいは低い姿勢での横打ちがある曲はと考えても2曲しか浮かびません。さらに残念なことに、この横打ちというのは伏せ打ち以上に基礎体力が要求されるので、あまり人気のあるポジションとは言い難く、積極的に練習する人が少ないのが現状なのです。

話の趣旨を見失いそうですが、個性的な打法ほど磨きを掛けることを怠りがちで、ややもすると何となく埋もれてしまいそうになるのに、個性の出し難い万人にほぼ共通の伏せ打ちの中で、無理に個性を出そうとしてるのが、ちょっと滑稽に映ることも無くは無いかなと。

私も先ごろ引率した横浜のジュニコン全国大会において、手取亢龍太鼓保存会のジュニアチーム手取亢龍『若鮎組』が優勝したのは記憶に新しい。彼らもまた、北陸の太鼓王国石川県のチームであるのは偶然ですが、伝統の奏法に磨きを掛けて臨んでいたのは言うまでもありません。
私は、かつて「日々雑感」と称して、ほぼ毎日の様に文章を書いていました。観る人が観れば「日記?」と思ったことでしょうし、人の目に触れることを前提に日々の出来事を文章化する訳で、そのスタイルの旨みというか面白さというのは、今では「ブログ」利用者の急増が物語っているのではないでしょうか。

私の中では様々な目的があったのですが、自分の視線で趣味の世界を文章化したら面白いと思ったのと、文章能力の訓練の為にはとにかく毎日書くということに努めていました。附則的には時間を掛けず短時間で、内容は予め詳細を考えず気ままに書き出すことでした。

果して成果は出ていたのでしょうか?

今また、このブログでも「日々雑感」当時と変わらぬ内容と文章に移行してる気もしますが、“書く”か“書かない”かあるいはくだらない話題に集中させるか、なかなか自分をコントロールするのは難しい様です。
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すべてが、おサイフケータイ化する今度の901isシリーズのFOMA群。注目は800MHz帯にも対応するとのこと。しかし、変化に一貫性があるのか無いのかここ数年は惑わされっぱなしでした。このシリーズで、一段落するのでしょうか?

少し前なら、より小さくより軽くと確実に進化していたものが、新型が出ては従来より重くなったり大きくなったり、アンテナが無くなったと思ったらまた生えていたり、サブ液晶の存在価値も今一解り辛かったりしたものです。

おサイフ機能付きは、新たなスキミングの被害の危険性も示唆されてますし、携帯端末としての扱いには細心の注意が必要でしょう。電話が出来てメールが出来て少しばかり写真が撮れれば、それだけでもう充分だと思うのはおっさんの考えでしょうか?
以前にも自身の別の場所(サイト)に書いた覚えがありますが…(^^ゞ

個人的な主観を交えながら戯言にお付き合いさせますが、集団による和太鼓表現というのはそこに関わる人の想いとは裏腹に、急速に衰退傾向にあると思っています。

ここ、二十年前後の間に各地に広がりを見せた創作和太鼓は、間違い無く世代交代と中には存続の危機に直面している所もあるのでは無いでしょうか。

新しい地域芸能と位置付けられるのか、あるいは地域性を抜きにして新しい音楽表現と捉らえるのかで、和太鼓の持つ意味合いには単純に二つの道があると思っています。

十数年来の和太鼓ブームの中で、一頃、至る所で何百人何千人太鼓というのがありましたが、残念ながら一過性の出来事だった様な気がしてなりません。

また、私自身これまでに様々なケースの和太鼓を概ね一通り経験しながらも、先にも述べこれまでにも書き記した“音楽”としての和太鼓表現を楽しみたくなっています。

なかなか抽象的過ぎる目標で、これまで関わった和太鼓に線引きすることも憚られる訳で、それでも、同じ様な感覚でもって精進出来る仲間が欲しいと思い始めているところです。

では、今の仲間で不満なのかと自問自答すれば…決して悲観はしませんが、意見の取り纏めや意志の疎通を懸念するなれば、さらなる細分化も視野に入れるべきなのかと考えてしまいます。

あくまで、個人的で勝手な理想論ではありますが…

日頃から「楽譜ありきの太鼓を好まない」と口に出しながらも、子供達に教えるのは、グループの創設者が作調した曲であります。何を隠そう、私自身がその曲に不慣れであるにも関わらず、今年度からの課題曲にと選んだのです。

先日の受け持ちクラスの練習でのこと。よくよく楽譜を見ると、私が教えていたフレーズのニュアンスや強弱、声の出すポイントが微妙に違っていることに気づいたのです。(ありゃ?どうしよう嘘を教えていたのか・・・)

すると、そんな私の表情の変化を察してかある生徒が、「楽譜どおりで無くっても、先生のやりたい様に教えてくれたらええやん?気にせんでええに!」と言うのです。おお素晴らしい!自分の生徒に励まされちゃった。(^^ゞ

これからも至らない先生を助けておくれ~
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ワインケーキならぬ、ビールケーキなのでした。
お味は、とっても美味すぅ~い!(^O^)v
過日の「日々雑感」から試行錯誤の様子は都度紹介していたと思います。不肖な私もある曲では一年間レギュラーのポジションをいただいた訳ですが、子供クラスの一つを任されたことで出演出来ない時もあるでしょう。果してそこを安心して譲れる人は成長しているのかな?

語弊があるといけませんが、私自身はナンバー2、3、4的な人間だと分析してまして、様々な条件からナンバー・ワン的な先輩の代わりに務めさせていただいたと思っています。

やはり、その次の層が追い付いて来ていないと言えそうです。そんな私も他のポジションを積極的にアプローチ出来ているのかと言えば、全く努力が足りないのは否めません。6(-_・;)

的を絞ったピンポイントな自己練習が出来ていないのでしょうね。曲として皆で合わせる前の段階で消化不良を起こしているので、全体練習も効率が悪いのかなと。前回は若いメンバーから相談され、私なりの助言はさせてもらいました。“下を育てて自分も逃げる”そして、さらに前を行く先輩を追い掛ける・・・まだまだそんな日常が続きそう?
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果して、写真のこれは何?
限定醸造の樽生ビール?
昨夜の練習では、リーダー作調の曲で従来のフレーズを分解しては、パート別に変化を持たせる試みがスタートしました。実は、一般的な手法だと思うのですが、丁度一年前に、同じ曲の同じ部分で同じ様な変化を出したくて、一般クラス担当の先輩に提案したことがありました。その時、先輩曰く「作調者の意向に無いことには踏み切れない」と、ずい分と保守的な姿勢だったと記憶しています。

その曲は、大人クラスでも特編クラスでも演奏する曲なのですが、誰しも曲の中に飽きを感じるとテコ入れしたくなるのは自然な発想かと思います。しかし、まあ~出しゃばらないに越したことは無いか。6(-_・;)

子供クラスを担当するようになって、その先輩の保守的な部分も少しは解るような気がします。私的には、既存曲の中には時代錯誤というのは言い過ぎでしょうが、今の感覚では盛り上がりに欠ける様な曲もあると思っています。それでも、ほとんどの子供達は「あの曲演奏したい」とか、「次はあの曲を覚えたい」とかリクエストしてくるので、今は奇抜なアイデアは封印しています。

そう言えばずい分前に、チームを卒業された先輩が「子供達を教える楽しさも皆経験すべきだ」と話していたのを思い出します。当然、楽しいことばかりでは無いと覚悟していますが、今のところ手探りでスタートしていますが、充分楽しんでいる私なのでした。
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GWにアサヒのビール工場で買った(実は)携帯ストラップと本物の350ml缶を並べて撮影してみました。(^_^;

そん所そこらで手に入らない超レア物であることは間違い無いと思うのですが、夢の2ショットはいかが?ヽ(´▽`)/
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気候も温暖になり益々冷えたビールが飲みたくなる季節。数年来発泡酒を愛飲して来た私ですが、酒税引き上げの余波から第三のビール?を試し始めました。
ここをクリックすれば今年のスナップが何枚か見れます。
メンバーのまっちゃんと関係者の皆様に感謝!m(_ _)m
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新たなクールが始まった話題の月9ドラマですが、キムタクは演技も存在感も申し分なしですわ~チャッカリハマってる私。(^O^)v

そんな中で、トヨタが無茶苦茶力を入れてるのが見え見えですね。モータースポーツの裾野拡大にも期待を寄せているのでしょう。改装まもない富士スピードウェイを全面に出して、F1開催権獲得への好印象になるのも間違い無いのではないかな?

今までにも幾つかレース系のドラマがあったと思いますが、一番リアルに再現してるし元来のモータースポーツファンにも納得のシーンが目白押し?(*⌒▽⌒*)
この月の3日に風邪をこじらせ寝込みました。小康状態を経て今尚完治せず過ごしております。季節の変わり目に対応出来ないのでしょうか・・・歳だからでしょうか・・・(こればっかし)

恐らく、切欠は1日の日に出向いた大阪での太鼓イベントで、雨の中観覧していたからではないかと思っています。明けた翌日には、ユニット仲間と会うために再び遠距離の高速移動をしたために、疲れが抜けていなかったのでしょう。

具合が少し良くなれば、我慢していた酒を呷っちゃうのが回復を遅らせてる原因だとも思うのですが、飲みの誘いは大小関わらず日常茶飯事ですからね~ヽ(´o`;)ノ
狭義の意味での組太鼓、つまりは多面打ちパートが存ずる曲に対して、皆が苦手意識の克服に気合が入りだした様です。当面の完成形が一年以上前に出来上がっているのに、遅過ぎ!?(´ヘ`;)

かくいう私も相変わらずなのですが、基本の先のセンスの部分で躓いて前進出来ないで居るのです。一言で全く様になっていないし、お任せのソロ小節はドタバタしてるだけ・・・6(-_・;)
皆気づいているのでしょうが、客観的に自分達の練習の様子を反省すれば、全く音楽になってないし誰かの前で演奏するというレベルには程遠いのです。さあ~どうしますかね?

ああヽ(´o`;)ノ、また天の声がする・・・「練習するだけです!」と。


さて、前振りはこのくらいで。私的にはず~っと試行錯誤し続けている組太鼓ですが、それでも現状がやっとです。確かに、そのことだけを練習出来る訳ではありませんから、個人差は出るでしょう。他のメンバーもまだまだ頭を打つことでしょう。ちなみに、先輩が構築した決まった手順にさえ悪戦苦闘するメンバーも多いのが実情で、素直に固定概念をリセット出来なきゃ対応出来ない部分だと思います。

もう少し詳細に触れるなら、決められた形を習得するに当たり、中には手順に不満というか自分の得手にそぐわない箇所で躓いているのです。しかし、私的にはその手順が決まって来た時に上手く纏めたと関心したのを覚えています。仮に、手順に自論を持ち込むなら一年前に提案すべきことで、この期に及んでは、今ある形を先ず素直に覚えることに専念すべきと考えます。勿論、そのことを出来ない言い訳にしてるのは、本人が一番解っていると思います。
それでは、自分のことにも触れて見ましょう。元々基本らしきものに固執した考えの無い私は、手順に関してイケてる先輩の動きを参考にし、修正すべき箇所もその場でどんどん対応していきます。楽譜ありきを得意とする人よりは、修正スピードは断然早いと自負します。

後、一番気になったのですが、曲の流れの中で習得したいのでしょうが、正直、全体練習をする前にもっと個人練習しようよ~って感じで、集中した練習にはならなかったと思います。

残念ながら何十分繰り返し練習しようが、全く上手くなりそうには感じませんでした。当然、私を含めてなのですが、各個人の欠点克服の練習を真剣に考えないと、いつまでたっても現状のまま進歩しないでしょう。現に、一年以上前と今と代わり映えしていないのです。
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